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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)26号 判決

原告 小島政良

被告 立川市長岸中士良

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 渋田幹雄

主文

一  原告の被告立川市長に対する訴を却下する。

二  原告の被告立川市に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告立川市長が、原告に対してした昭和五六年一二月三〇日付臨時従業員の登録抹消処分及びその後の就労拒否処分をいずれも取消す。

2  被告立川市は原告に対し、一一四万四二九五円及びこれに対する昭和五七年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告立川市は自転車競技法の規定による自転車競走(以下「競輪」という。)を行うため、同法に基づき、立川市自転車競技条例、立川市自転車競走実施規則等を制定し、市営事業として立川競輪場を設置して、みずから年間七回の競輪を開催(一開催業務は一日の前検日と六日間の開催日から成る。)するほか、東京都市収益事業組合から事務委託を受けて年間五回の競輪を開催している。

(二) 被告立川市が立川競輪場で競輪を開催するには、車券発売、払戻、清掃、場内整理等の業務を処理するため開催日ごとに一五〇〇名を越える係員(以下「従事員」という。)を必要とする。従事員には、登録従事員と未登録従事員とがある。従事員として採用を希望する者は、試験又は選考の結果適切と認められれば採用予定者名簿に登載され、未登録従事員又は応援者(以下「応援者」という。)と呼ばれ、必要に応じて開催日に採用される。応援者として採用された者が良好な成績で職務を遂行したときは、住民票、健康診断書、身上調書、上半身の写真のほか競走従事員として採用された上は、誠実に職務に専念する旨の誓約書を提出し、審査の上、立川競輪従事員登録簿に登録され、登録従事員となる。開催日に必要な従事員は、まず登録従事員をもってあてられ、登録従事員は、開催日及びその前日である前検日に優先的に就労することができる。応援者は、開催日に人員の不足を生じたときにのみ採用される。原告は昭和四七年四月ころ立川競輪場従事員となり、当初は応援者であったが、昭和四九年四月ころ登録簿に登録されて登録従事員となり、ダフ屋、ノミ屋の監視、取締等場内警備その他の業務に、各開催期を通じて従事していたものである。

(三) 被告立川市長は、立川競輪場従事員の任命権者である。

2  登録抹消及び就労拒否

被告立川市長は、昭和五六年一二月三〇日原告の従事員としての登録を抹消し、以後原告を立川競輪場で従事員として就労させない。

3  登録抹消及び就労拒否の行政処分性

(一) 登録従事員の身分とその発生

従事員は、当初応援者として採用予定者名簿に登載されているにすぎない段階では、人員の不足を生じた開催日に臨時に雇用されるに過ぎないから、その雇用は日々雇用である。しかし登録従事員は、前記の誓約書を提出した上、審査を経て登録されることによって、以後開催期ごとに前検日を含めて必ず就労することができる地位を得るのであるから、期限の定めのない一般職地方公務員となるというべきである。登録は任用であり、その身分には期限の定めはない。

(二) 登録従事員の雇用関係が期限の定めのないものであることを示す事実

被告立川市長は、登録従事員の採用は採用通知によってなされ、登録はその準備のための事実行為に過ぎず、採用通知に採用の日は開催日、前検日であることが明示されているから、登録従事員の雇用関係も応援者と同じく日々雇用であって就労日の終了によって雇用関係も終了するのであり、それが繰り返されたに過ぎない、と主張するが、登録従事員についての次のような諸制度及び事実は、雇用関係が期限の定めのないものであることを示し、日々雇用とは矛盾する。

(1) 定期昇給、退職金制度

登録従事員の賃金については、応援者の日給が定額であるのに対し、立川競輪場臨時従事員賃金表によって基本賃金が定められ、日給額が毎年一号ずつ定期昇給することになっているほか、離職慰労金という名の退職金制度がある。

(2) 永年勤続表彰

毎年一月永年勤続者の表彰が行われ、昭和五七年にも一〇年勤続一五五名、一五年勤続八五名、二〇年勤続六三名が表彰された。

(3) 非開催日の出勤、団体交渉

非開催日にも登録従事員は、防災訓練、研修等のため出勤を命ぜられることがあり、また、登録従事員の加入している東京競輪労働組合(以下「競輪労組」という。)と被告立川市との間には団体交渉も行われている。

(4) 身分証明書、貸与品の継続保管

原告は年間を通じて継続的に効力のある従事員としての身分証明書の交付を受け、制服等の貸与品も継続的に個人保管を命ぜられていた。

(5) 欠勤届、退職届

原告らに配付された「従事員服務心得」によれば、欠勤について「①病気その他已むを得ざる事由により、欠勤する場合は、事前に所定の欠勤届を所属責任者に提出すること。②いかなる場合でも無届欠勤をしてはならない。③あらかじめ開催日数の半数以上欠勤が予想される場合は、その開催は全期間の欠勤が望ましい。又欠勤が長期間に亘るときは、事前に欠勤届を提出し、三ヵ月以上の場合は退職の取扱いとなる。」と、退職について「都合により退職しようとするときは、できるだけ早期に所定の退職届を所属責任又者は庶務係に届出ること。」と、それぞれ定められている。

(6) 離職勧奨制度

昭和五〇年一二月一一日競輪労組と立川競輪施行者である被告立川市及び東京都市収益事業組合との間で「立川競輪従事員高齢者離職勧奨制度要綱」(以下「旧離職勧奨制度要綱」という。)が労働協約として締結され、昭和五六年一〇月一七日一部改定が行われたが、右要綱は、六五歳に達した登録従事員に離職を勧奨し、これに応じて離職を申し出た者に対し特別慰労金支給等の優遇措置を定めたものである。

(三) 登録抹消及び就労拒否の処分性

以上のように昭和四九年四月以来登録従事員として任期の定めなく任用されていた原告に対し、被告立川市長が昭和五六年一二月三〇日登録を抹消し、以後就労させないことは免職処分にあたるというべきである。

4  処分の違法性

右処分は、昭和五六年一一月ころ人事担当の川島労務係長から原告に対し、昭和五六年一〇月一七日改定立川競輪臨時従事員高齢者離職勧奨制度要綱に基づき原告が六五歳を越えていることから離職申出書の提出を再三勧奨されたが、原告がこれに応ぜず、引続き勤務したい旨の意思表示をしたところ、被告立川市長によって一方的になされたものであるが、右処分は地方公務員の身分を保障した地方公務員法二七条に反し、違法である。

5  賃金及び一時金の差別支給による損害

被告立川市長は、昭和五四年九月一二日、原告に対し、旧離職勧奨制度要綱に基づき原告が満六五歳に達するとの理由により登録従事員の離職を勧奨したが、原告がこれに応じなかったことから被告立川市は原告を他の登録従事員と差別して以後定期昇給を行わなかったばかりか、夏期及び年末の一時金についても他の登録従事員に比べて低額な五万円しか支給しなかった。これは原告が老齢であることのみを理由に他の登録従事員に比べ不利益な差別をするものであるから憲法一四条、労働基準法三条、民法九〇条に違反する不法行為であるところ、これにより原告は次のとおり合計一一四万四二九五円の損害を被った。

昭和五四年度分

年末一時金差額      一五万円

昭和五五年度分

定期昇給差額(日額三五〇円、七二日分)      二万二二〇〇円

夏期一時金差額(日額の二八日分) 二一万二三六〇円

年末一時金差額(日額の三〇・五日分)     二四万六四六〇円

昭和五六年度分

定期昇給差額(日額三五〇円の三二日分一万二六〇〇円と日額五五〇円の三二日分一万九三〇〇円との合計額)     三万一九〇〇円

夏期一時金差額(日額の二七・五日分と四、五〇〇円) 二二万二一七五円

年末一時金差額(日額の三〇日分と一、〇〇〇円)二五万九二〇〇円

6  よって、原告は、被告立川市長に対し、登録抹消及び就労拒否の各処分の取消を、被告立川市に対し、不法行為に基づく損害賠償として一一四万四二九五円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五七年三月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の各事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の(一)の主張は争う。同3の(二)の(1)ないし(6)の各事実は認める。同3の(三)の主張は争う。

4  同4の事実中、登録抹消及び就労拒否が違法であるとの主張は争い、その余の事実は認める。

5  同5の事実中、被告立川市が原告に対し、賃金、一時金の支給について不当な差別をし、違法に損害を与えたとの主張は争い、その余の事実は認める。

三  被告立川市長の本案前の主張

1  登録従事員の雇用関係の成立

従事員と被告立川市の雇用関係は、採用通知とこれに対する従事員の応諾の意思表示によって成立する。登録従事員に対する採用通知は、各開催の最終日にまとめて支払われる開催期間中の日給制賃金を入れる給料袋の裏面に「次回開催採用通知」が印刷されており、その交付により行われるのが原則である。その交付ができなかった者については、電話などにより通知される場合もある。応援者に対しては、葉書により採用通知が送付される。採用通知を受けた者が開催日に競輪場に出頭し、出勤簿に捺印して就労応諾の意思を表示したとき、被告立川市と従事員との雇用関係が成立する。登録名簿への登録は、応援者についての採用予定者名簿への記載と同様に、採用通知を発出するための名簿を準備する内部的事実行為に過ぎず、それだけでは、採用者と従事員との間に何らの権利義務関係も発生させることはできない。

2  登録従事員の任用期間

登録従事員の任用期間は日々雇用である。登録従事員の採用の意思表示である前記「次回開催採用通知」には、「採用日時」として「前検日、開催日」と記載され、「この通知により競輪開催日ごとの採用通知に代える。」と記載されている。これは次回開催期間中の日々採用の通知を一括して行うものである。

原告は、登録従事員に定期昇給、退職金制度、永年勤続表彰、非開催日の出勤、団体交渉、身分証明書及び制服等貸与品の継続的保管、欠勤届、退職届、離職勧奨制度等が行われていることをもって、期限の定めのない継続的雇用関係を示す証左と主張するが、これらは開催日ごとの日々雇用が反覆継続されることから行われるようになったもので、これらのことがあるからといって、日々雇用が期限の定めのない継続的雇用に性格を変ずることはない。立川競輪場の開催日は年間七二日、前検日を入れても従事員の就労日は原則として年間八四日であるが、それ以外の不就労日については、立川競輪場従事員約一五〇〇名のうち一〇〇〇名以上が京王閣、西武園等他の競輪場に同様の雇用方法、就労条件で就労し、また、多数のものが、雇用保険法による日雇労働者求職者給付金を受給している。これらの事実は、不就労日には雇用関係が継続しないことを示すものである。

3  原告に対する登録抹消とその後の不採用

昭和五六年一〇月一七日被告立川市は競輪労組との間で、労働協約である旧離職勧奨制度要綱を改定し、六五歳に達した従事員は指定日に離職(この「離職」という用語は「採用打切」を分かり易く表現したものである。)することを合意した。原告は大正三年一〇月一五日生れで、六五歳を越えていたので、被告立川市は、右協約に従い昭和五六年一二月の開催を最後として原告に対する採用を打切り、同月三〇日をもって登録を抹消し、その旨原告に通知した。

4  行政処分の不存在

原告は、従事員登録簿への登録を任用処分と解し、これと誓約書の提出により期間の定めのない公務員たる地位を取得する反面、登録抹消又はこれとその後の就労拒否をあわせて免職処分にあたると主張し、その取消を求めるのであるが、以上に述べたように、登録従事員の身分は、採用通知とこれに対する応諾により日々成立し、就労日の終了により日々終了する日々雇用の公務員であって、原告の登録従事員たる地位は昭和五六年一二月の開催期の終了をもって終了し、以後は労働協約に従い、年齢超過の故により採用を打切ったものである。登録もその抹消も事実行為に過ぎず、それ自体としては、権利義務に影響を及ぼすものではない。

したがって、被告立川市長に対し、従事員登録抹消及び就労拒否を免職にあたる行政処分であるとしてその取消を求める本訴請求は、対象を欠き、不適法である。

四  右主張に対する原告の認否

1  三の1の事実中、開催期末日に交付される給料袋の裏面に「次回開催採用通知」が印刷されていること、出勤した時出勤簿に押印していることは認めるが、そのような給料袋が用いられたのは昭和五二年ころ以降のことであり、それ以前は、その様な文言の記載はなかった。

2  三の2の事実中、「次回開催採用通知」中に被告主張の文言が記載されていること、立川競輪場の非開催日に同競輪場従事員の多くが他の競輪場に兼務していること、雇用保険についての被告主張事実は認める。

3  三の3の事実は認める。

4  三の4の主張は争う。

五  被告立川市の主張

1  被告立川市と競輪労組は、昭和五〇年一二月一一日、労働協約、すなわち、旧離職勧奨制度要綱を締結した。その内容は、立川競輪臨時従事員の高齢者問題について、旧離職勧奨制度要綱のとおり離職勧奨を行うことを合意したものであって、これによれば、六月末日又は一二月末日において満六五歳に達することとなる登録従事員に対して三月又は九月に離職の勧奨を行い、これに応じて離職する者には離職特別慰労金を支給するという優遇措置を講ずるが、これに応じない者には現日給を保障するものの、以後の賃金引上げ、定期昇給は行わないというものであった。

2  被告立川市長は、昭和五四年九月一二日、原告に対し、旧離職勧奨制度要綱に基づき同年一二月開催最終日をもって離職するよう勧奨を行ったが、原告はこれに応じなかった。

3  また、被告立川市と競輪労組は、昭和五四年度年末一時金、昭和五五年度及び昭和五六年度の夏期及び年末一時金に関して労働協約を締結した。

4  競輪労組は立川競輪場に働く登録従事員の四分の三以上の労働者により組織されている労働組合であるから、同組合との間に締結された旧離職勧奨制度要綱及び各一時金に関する労働協約はいずれも労働組合法一七条により原告に対しても一般的拘束力を有するものであり、被告立川市は右各労働協約に従い原告に対し賃金及び一時金を支払ったものである。

六  右主張に対する認否

五1、2の各事実は認める。

第三《証拠関係省略》

理由

一  被告立川市長に対する請求について

1  原告は、昭和四七年四月ころ立川競輪場従事員となり、当初は応援者であったが、昭和四九年四月従事員登録簿に登録されて登録従事員となって勤務していたところ、昭和五六年一二月三〇日登録を抹消され、以後就労を拒否されているのであるが、右登録抹消、就労拒否は免職にあたる行政処分であるから、その取消を求めると主張する。これに対し、被告立川市長は、登録従事員の身分は日々雇用であって、最終就労日の経過により原告と被告立川市との雇用関係は終了しており、したがって、免職処分は存在する余地がなく、登録抹消は権利関係には影響しない事実行為に過ぎないので、本訴は取消の対象を欠き、不適法であると主張する。そこで、まずこの点について検討する。

2  次の事実は、当事者間に争いがない。

被告立川市は、自転車競技法に基づき、立川市自転車競技条例、立川市自転車競走実施規則を制定し、立川競輪場を設置し、そこで年間一二回(立川市営七回、東京都市収益事業組合の委託による開催五回)の競輪を開催している。一回の開催期間は六日間である。競輪の開催にあたっては、車券発売、払戻、清掃、場内整理等の業務を処理するため、立川市は開催一日あたり一五〇〇名を越える人員を必要とし、これを雇用している。このような競輪開催業務のみのために雇われる人々は、市の他の一般職員と区別して「従事員」と呼ばれている。

従事員を採用するため、被告立川市は、採用希望者を募り、試験又は選考の結果、合格者を「採用予定者名簿」に登載し、この名簿登載者の中から開催の都度葉書等による採用通知により必要人員を採用する。この雇用関係は「日々雇用」である。

この採用予定者名簿から採用された従事員が一定期間職務を良好な成績で遂行したとき、住民票、健康診断書、身上調書、上半身の写真のほか、競走従事員として採用された上は、誠実に職務に専念するという趣旨の誓約書を提出し、さらに審査を経て適当と認められたときは「立川競輪従事員登録簿」に登録され、「登録従事員」と呼ばれる。これに対し、前記未登録従事員は「応援者」と呼ばれている。

登録従事員と応援者との違いは、まず登録従事員は、各開催期の全日と各開催期初日の前日である前検日(合計年間八四日)に必ず就労する機会が与えられ、応援者は、開催日に人員不足を生じたときだけ就労の機会が与えられるにすぎないことである。また、応援者に対する採用通知は葉書によるが、登録従事員に対しては、開催期の末日に交付される給料袋の裏面に「次回開催採用通知」と題し「採用の日時、前検日、開催日」「この通知により競輪開催日ごとの採用通知に代える。」等の文言が印刷されている。少なくとも昭和五二年ころ以降は、原則的にそのような文言を記載した給料袋が用いられている。賃金は、いずれも日給制であるが、応援者は定額であるのに対し、登録従事員は定期的に日給額が昇給する。そのほか、応援者との相違として、登録従事員には、請求原因3(二)記載の離職慰労金という名の退職金制度、永年勤続表彰制度、欠勤届、退職届、離職勧奨制度等があるが、応援者には、それらの制度はない。

他方、従事員は、応援者であると登録従事員であるとを問わず、不就労日には他の一般職地方公務員とは異なって兼職を制限されることはなく、立川競輪場従事員の中、多くの者が京王閣、西武園等他の競輪場に立川競輪場と同様の雇用方法、就労条件で就労しているし、また、一定要件のもとに雇用保険法による日雇労働者求職者給付金を受給することができる。

3  右のような事実関係によると、「従事員登録簿」とは、立川競輪の全開催日、前検日について優先的に採用通知が発せられる被通知者の名簿であるから、これに登録されれば、被登録者すなわち登録従事員は、全開催日、前検日について採用通知を受け、就労することができるので、このような地位は、登録のみによって、採用通知を待たず直接に得られるようにも見える。しかし、従事員の地位は、使用者である被告立川市と従事員との雇用関係上の権利義務を含むものであって、両者の意思表示の合致すなわち被告立川市の採用の意思表示と従事員のこれに対する応諾の意思表示がその成立のために不可欠の要件である。本件においては、登録従事員に各開催期末日に交付される給料袋裏面に記載された「次回開催採用通知」が、右の採用の意思表示にあたるというべきである。《証拠省略》によると、立川市において、登録従事員の登録は、従事員別の賃金原簿という帳簿の欄外に「新規登録」とゴム印の押捺により表示し、登録年月日欄に日付を記入するという方法で行われており、その表示の有無によって、登録従事員と応援者が区別されていることが認められるが、このような登録をそれだけで雇用関係上の権利義務を発生させることを目的とする意思表示とみることは困難であり、採用通知を発する上で、優先的にする者と補充的にする者を区別するための準備としての事実行為に過ぎないというべきである。したがって、採用通知を待たず、登録のみによって期限の定めなき地方公務員たる地位を取得したとの原告の主張は採用できない。そして雇用の期間については、前述のとおり、「次回開催採用通知」に「採用日時」として「前検日、開催日」と記載されているのであるから、表示どおりの効果を生ずるものと解され、これを別異に解すべき理由は見当らない。

なお、原告は、定期昇給制、永年勤続表彰制、欠勤届、退職届、離職勧奨制度等の存在を挙げて、登録従事員の地位が継続的であることを示すものと主張するが、登録従事員の就労日が年間でみると七日間ずつ一二回合計八四日を原則とし、断続的ではあるが、希望する限りすべての開催日及び前検日に就労できるという点では、応援者の就労の機会が臨時的であるのに比して継続的勤務といえることは、争いのないところであるし、また、これらの制度のうち、昇給、慰労金、表彰等の制度は、年間の就労日数、就労の機会の間欠性等の点で特殊な勤務条件のもとで必要人員を安定的に確保するために、欠勤届、退職届の提出等は補充すべき人員の予知のために、それぞれとられている制度であろうと考えられるが、いずれにしてもそのために採用通知を待たず、登録のみによって直接に従事員の任用効果を生ずるものと解することはできないので、登録従事員の地位に関する前記認定を左右するに足りない。

そうすると、昭和五六年一二月の開催期の終了により原告の従事員としての身分は終了したというべきであって、その後採用通知が発せられないからといって免職にあたる行政処分が存在するということはできないから、その後の採用通知打切の当否について判断するまでもなく、被告立川市長に対する訴は対象を欠き不適法というべきである。

二  被告立川市に対する損害賠償請求について

1  従事員は日々雇用の地方公務員ではあるものの登録簿に登録された者は競輪開催の都度必ず従事員に任用される扱いであったことは前記認定のとおりであるところ、《証拠省略》を総合すると、被告立川市及び東京都市収益事業組合と競輪労組は、高齢の登録者の円満な任用停止を目的として、昭和五〇年一二月一一日、旧離職勧奨制度要綱という労働協約を締結し、登録者のうち満六五歳に達する者につき離職勧奨と称して雇止の納得を得ることとし、これに納得を得た者に対しては「離職」(雇止)の時期以降任用を行わないがその際は優遇措置として離職特別慰労金と称する金員を支給する反面これに納得せず以後も任用を希望する登録者(以下「勧奨拒否者」という。)に対しては従前どおり任用はするものの賃金は現日給(勧奨時の日給、原告においては前検日八六四〇円、開催日九三七〇円)を保障するのみでこれを据え置き、したがって、勧奨拒否者以外の者につき賃金引上げ又は定期昇給と称する賃金改定が行われる場合でも勧奨拒否者についてはこれを行わず右据え置いた現日給額を支払うに止めるというものであったこと、被告立川市長は、昭和五四年九月一二日、原告に対し、旧離職勧奨制度要綱に基づき満六五歳に達するとの理由により離職勧奨をした(ただし、この事実は当事者間に争いがない。)が、原告はこれに納得せず(ただし、この事実は当事者間に争いがない。)、さらに任用を希望したこと、旧離職勧奨制度要綱締結後に被告立川市及び東京都市収益事業組合と競輪労組が結んだ労働協約である夏期及び年末の各一時金協定においては勧奨拒否者にはそれ以外の登録者より低額な一時金が支給される旨定められたこと、また、被告立川市及び東京都市収益事業組合と競輪労組が結んだ労働協約である日額賃金引上げの各協定においても勧奨拒否者には引上げを実施しない旨が定められたこと、右各労働協約は抗弁4のとおり労働組合法一七条の要件を満たし、同条に定める一般的拘束力を有するものであり、原告に対してもその効力を及ぼすものであること(ただし、この事実は原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。)を認めることができる。

2  弁論の全趣旨によれば、被告立川市は、原告に対し、昭和五四年度の年末一時金、昭和五五年度及び昭和五六年度の賃金並びに夏期及び年末の各一時金として、賃金についてはいずれも旧離職勧奨制度要綱及び各年度の日額賃金引上協定に基づき勧奨時の現日給額を、各一時金については各一時金に係る協定において勧奨拒否者について定める支給額をそれぞれ支払ったことを認めることができる。

3  ところで、前記認定のとおり従事員の地位が日々雇用の地方公務員であることからすると原告は日々被告立川市長が明示する労働条件を承諾して任用されたものというべきところ、右の労働条件とは旧離職勧奨制度要綱、各賃金協定及び各一時金協定に定める内容にほかならないから、たとえその内容が勧奨拒否者以外の登録者に比べ低額であるとしても原告はこれを承諾して就労し右額の賃金及び一時金の支払を受けている以上、右支払をもって違法ということはできないというべきである。

4  もっとも、登録簿に登録されている限りは希望すれば必ず従事員として任用されるという実際の扱いからすると、被告立川市長が登録者を従事員として任用するに際し一部の者を他の者より不利益に取り扱うことは合理的理由がない限り許されず、仮に不利益取扱いの対象者がそのような労働条件について異議を述べずに就労したとしても、そのことのみによって不利益取扱いが是認されるものではなく、右対象者は右の不利益取扱いは不法行為を構成するとして、不利益取扱いにより被った損害を請求することができるということができる。

そこで、この点について検討するに、《証拠省略》を総合すると、旧離職勧奨制度要綱は高齢者の賃金水準とその労働能力を比較考量したうえ、労務費の削減と労働能率の向上という経営上の合理的必要性に基づいて競輪労組に提案し合意に至ったものであること、当時定年制を採用している企業等で定年年齢が満六五歳を超えるものがほとんどなく、その後地方公務員についても原則として満六〇歳の定年制が制定され、従事員に類似する守衛や用務員についても満六三歳の定年制が定められたこと、離職勧奨を行う者としては満六五歳以上を対象とし、賃金についても応援者のそれよりも高額な現日給を保障していることを認めることができる。

右認定事実によると、旧離職勧奨制度要綱はその内容において合理的なものと認められ、そうすると各賃金協定も合理的であるうえ、各一時金協定もその内容は旧離職勧奨制度要綱の趣旨に添ったものであり勧奨拒否者の一時金は応援者のそれに比べ高額なことからすると同様合理性を認められるから、被告立川市の原告に対する賃金、一時金の支給には何らの違法の廉はないものというべきである。

三  よって、被告立川市長に対する訴は訴の利益を欠くもので不適法であるからこれを却下することとし、被告立川市に対する訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石悦穂 裁判官 林豊 納谷肇)

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